横浜地方裁判所川崎支部 事件番号不詳 判決
主文
原告の請求はいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者双方の求める裁判
一、原告の申立
1、別紙目録記載の土地建物につき被告の原告に対する昭和三三年四月二〇日付根抵当権設定契約に基く、根抵当権者被告、債務者和田哲一、債権極度額一〇〇万円約定期限昭和三六年三月三一日という根抵当権および右債務を弁済しないことを停止条件とした代物弁済契約上の権利の存在しないことを確認する。
2、被告は原告に対し、前項記載の土地建物について、昭和三三年五月一四日横浜地方法務局川崎出張所受付第一三三四一号を以つて被告のためなされた昭和三三年四月二〇日付被告と訴外和田哲一間の継続的商取引契約および原被告間の根抵当権設定契約を原因とする抵当権者被告債権極度額一〇〇万円、約定期限昭和三六年三月三一日、債務者和田哲一とする根抵当権設定登記及び同法務局出張所同日受付第一三三四二号を以つて被告のためなされた昭和三三年四月二〇日付停止条件付代物弁済契約(昭和三三年四月二〇日設定した債権極度額金一〇〇万円弁済しないときは所有権を移転する)を原因とする所有権移転請求権保全仮登記の各抹消登記手続をせよ。
3、訴訟費用は被告の負担とする。
二、被告の申立
1、原告の請求はいずれも棄却する。
2、訴訟費用は原告の負担とする。
第二、原告の主張
一、請求の原因
(一) 原告は別紙目録記載の土地建物(以下本件物件という)の所有権を有するところ、原告は昭和三三年四月一一日訴外八島外茂より金一二万円を借りることになり、右八島に対する貸金債務の担保として本件物件につき抵当権設定登記手続に必要な本件物件の権利証及び白紙委任状、印鑑証明書等を交付した。
(二) 然るに八島は同年五月頃自己の使用人である訴外金見弘道の紹介で訴外和田哲一を知り、同人より金一二万円を借り受け、同時に原告より預り保管中の前記権利証等一切を原告に無断で和田に交付した。
(三) 而して和田は自己の勤務先である訴外明和電気商会こと訴外井樋新平の被告に対する債務のため本件物件につき原告不知の間に請求の趣旨記載の根抵当権を設定しかつ同記載の停止条件付代物弁済契約をしたとして被告はその旨の登記を経由した。
(四) このように、原告は被告との間に和田の被告に対する債務の担保として本件物件について被告のため右各登記してあるような根抵当権設定契約ないし停止条件付代物弁済契約を締結した事実はないから被告は本件物件につき右登記してあるような各権利を有しない。
(五) 従つて、前記各登記は原因を欠く無効の登記であるから被告は原告に対し右各登記の抹消をなす義務がある。
(六) 然るに被告は本件物件について横浜地方裁判所に競売申立をなし、同庁において昭和三四年二月一〇日競売開始決定がなされた。
よつて、原告は被告に対し被告が本件物件について右各登記してある権利を有しないことの確認ならびに各登記の抹消を求める。
二、被告の抗弁に対する答弁及び再抗弁
(一) 原告は和田に何等の代理権を与えたことはない。
(二) 被告は、原告が八島に白紙委任状、印鑑証明書、権利書等抵当権設定に要する一連の書類を預けたことに基いて民法一〇九条の表見代理を主張しているが、民法一〇九条の成立する場合は本人(原告)から相手方(被告)が少くともその者を含んだ一般に対して原告が代理人(八島)に対し代理権を与えた旨表示した場合であつて本件においては、八島に一連の書類を交付したに過ぎず、これを以つて前記の意味における代理権授与の表示というを得ず、原告より被告に対し何等表示がなされていないから、一〇九条適用の余地はない。
(三) また原告は八島に対し抵当権設定登記手続の代理権を与えて一連の書類を交付したが、和田に対し何等権限を与えておらず、被告は今まで未知の原告所有の本件物件について、未知の原告名義の白紙委任状一片を示されたまま、本件不動産につき調査もせず、委任状について原告の真意を確めることもなく軽卒にも和田を原告の代理人と信じその主張の契約を和田との間に締結したものであつて、右のような情況において和田を原告の代理人と信ずるのは無暴というべく、結局、代理権ありと信ずるにつき重大な過失があつたものといえる。
(四) 登記手続には表見代理適用の余地はない。元来登記の申請は登記申請人が国家機関たる登記所に対し、一定内容の登記をなすべき旨要求する意思表示で登記権利者、登記義務者は真正な意思の下に登記をなすべきであるばかりでなく、登記申請行為は国に特定の行政行為を求める公法上の行為であるから、私法上の表見代理を適用する余地のないものである。
(五) なお、被告は明和電気商会こと井樋新平と継続的取引契約を締結したもので、和田との間には何等の取引関係はなく、従つて和田被告間には何等債権債務は存在しなかつたものであるから、被担保債権が存在しない以上、本件根抵当権設定契約および停止条件付代物弁済契約も亦無効といわねばならない。
第三、被告の主張
一、原告の主張に対する答弁
原告主張の請求原因事実中原告が権利証白紙委任状印鑑証明等を交付したこと、被告が本件物件について原告主張の日時にその主張のとおりの各登記を経由したことは認め、その余の事実は否認する。原告主張の再抗弁(五)の事実を否認する。
二、抗弁
(一) 被告は和田哲一との間に昭和三三年四月二〇日継続的商取引契約を結び同日和田を原告の代理人として、右和田の債務の担保のため本件物件についてそれぞれ原告との間に前記原告主張のとおりの根抵当権設定契約及び停止条件付代物弁済契約を結び、それぞれ原告主張のとおりの登記を経由したものである。
(二) かりに和田に原告を代理して前記契約締結の権限がなかつたとしても、原告は権利証白紙委任状印鑑証明書を一括して他人に交付したものであつて、これにより原告は第三者たる被告に対し他人に代理権を与えた旨表示したものというべく、かつその他人より交付をうけた和田は前記契約に際し、右各書類を所持し、これを被告に呈示したため被告は和田に原告の代理人として前記契約締結の権限あるものと信じたものであつて、かかる場合そう信ずるのは当然であつて、第三者が権限ありと信ずるについて正当の理由があるといえる。
従つて民法一〇九条および一一〇条により本件各契約は有効というべきである。
(三) かりに右抗弁に理由がないとしても、少くとも原告は債権額一二万円の担保のため抵当権設定をなすことに承諾しているものであるから、少くとも債権額一二万円の範囲における抵当権設定はこれを有効とすべきである。
第四、証拠(省略)
理由
一、原告所有の本件物件について被告のため、原告主張のとおりの根抵当権設定登記および所有権移転請求保全の仮登記のなされていることは当事者間に争いがない。
二、証人八島外茂の証言により成立を認められる甲第一号証の一ないし一九、第四号証の一ないし三、成立について争いのない甲第五号証、乙第一ないし第四号証、証人八島外茂、井樋新平の各証言および原告、被告会社代表者各本人尋問の結果を綜合すると、原告は昭和三三年四月一七日八島金融株式会社こと八島外茂より金一二万円を弁済期半年後利息ならびに遅延損害金月四分の約旨で借りうけ、右債務の担保として本件物件に抵当権を設定することとし、被告は右登記手続のため本件物件の権利証、白紙委任状二通および印鑑証明書を八島に交付した。八島は金見弘道を介して金融をうる目的で、右権利証、白紙委任状および印鑑証明を和田哲一に交付した。和田は井樋新平の協力を得て当時明和電気商会の名称で電気器具の販売を始めていたが、昭和三三年四月二〇日電気器具の卸商である被告との間に電気器具の継続的商品取引契約を結ぶこととなり、その際原告からは何等委任を受けていないに拘らず前記権利証、白紙委任状および印鑑証明等を被告会社代表者に示し、原告の友人であつて、承諾を得ている旨告げ、和田の言を信じた被告代表者との間に、右和田の被告に対する前記継続的商品取引契約より生ずる将来の債務の担保として、本件物件について原告主張のとおりの内容の根抵当権設定契約および和田の債務不履行を停止条件とする代物弁済契約(特段の事情の認められない本件ではむしろ代物弁済の予約と解せられる。)を締結し、右各書類を被告に交付した。被告は前記権利証、白紙委任状および印鑑証明書を用いて同年五月一四日その旨の登記をなしたことが認められる。
三、以上の認定によると八島には原告を代理して被告のため、本件土地建物について本件根抵当権設定契約および代物弁済の予約を締結する権限はなく、和田にも右のような代理権のなかつたことは明らかである。然しながら、原告が原告名義の白紙委任状および印鑑証明を権利証とともに八島に交付した行為は、右八島又は八島より更にこれを交付を受くべき者、本件における和田に、一切の代理権を与えた旨を被告の如く同人らと取引をしようとする相手方に対し表示したものと解するのが相当であるからと被告において和田を原告の正当な代理人と信じた以上、原告は民法第一〇九条表見代理の法理に従い、本件和田と被告との間の根抵当権設定契約および代物弁済の予約について本人としてその責に任ずべきものとしなければならない。
四、原告は被告会社代表者において本件契約締結に当つて、本件各物件の調査もしなかつた点において和田に代理権ありと信ずるに重大な過失があつたと主張し、確かに被告会社代表者本人尋問の結果によると同人は契約締結にあたり和田の言のみを信じて契約を結び所有者である原告の真意を確めるというような調査をしなかつたことが認められるけれども白紙委任状を呈示された取引の相手方が特別の事情なきかぎり必ず本人の意思を確め代理権の有無を確めなければならないとすることはできない。従つて被告の過失を推認し得る特段の事情について認めることのできる証拠がない本件においては、原告の主張は理由がないといわねばならない。
五、原告は登記手続には表見代理の法理は適用されないと主張するけれども、本件は登記手続自体についての表見代理の成否を問題としているものではなく、原被告間の本件物件に関する根抵当権設定契約および代物弁済の予約の契約成立に関する表見代理の成否を問題としているのであるから、右主張の採用できないことも亦明らかである。
六、原告はまた、明和電気商会は井樋新平の事業であつて、和田ではないから和田は被告に対し何等の債務を負つていない旨主張するけれども明和電気商会は和田の事業であつて、和田が実際の取引を行い、井樋は単に協力していたに過ぎないことは前記認定のとおりである。さらにこの点をしらべてみると、証人井樋新平の証言によると和田が銀行関係に信用がなかつたため、井樋は和田に対し同人が井樋の信用を利用するため銀行関係において井樋の名義を用いて当座取引を結ぶことを認め、井樋名義で手形、小切手による支払が行われたことが認められる。従つて、このような事情の下で井樋が被告に対し明和商会との取引につき如何なる法律関係に立つかは別に考究すべき問題ではあるが、かりに井樋が何等かの債務を被告に対し負うことがあるとしても、実際の取引を行つていた和田が責任を免れるいわれはないから、和田の債務のないことを前提とする原告の主張も理由がない。
七、要するに原告主張の本件物件に関する本件根抵当権及び代物弁済の予約が有効に成立したものと認むべきことは以上の認定により明らかであるから、原告の本訴請求はいずれも理由がないものというべきである。
よつて、原告の本訴請求はいずれもこれを失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(別紙目録は省略する。)